7 January 2018

そう。イビサで、私は、ユダヤとレゲエの深い関係について、知ったのでした。パンクとユダヤが深い関わりがあったことは、DJ Marboが、マルコムマクラーレンと仕事仲間で、(彼はマルコムマクラーレンの服の日本で唯一の代理店でもありました)マルコムマクラーレンがユダヤ人だったことや、パンクの関係者にユダヤ人が多いことから、なんとなく、知っていました。そして、パンクが流行していた当時のイギリスでは、パンクとレゲエがセットで楽しまれていたことも、聞いて、知ってはいました。パンクでまず盛り上げて、クールダウンに、レゲエ、と。

ただ、レゲエについては。私はレゲエバンドも昔やっていて、バンドメンバーのひとりはジャマイカでプロデューサー賞もとったりしていたけど、ユダヤとレゲエが深く関わっているなんてことは、周りからも聞いたことがなかったし、本でも読んだこともありませんでした。レゲエは、ラスタファリという宗教だと思っていました。それが、旧約聖書によるものであることは知っていたけれど。

2016年、私は、イビサと深く関わっていくなかで、ユダヤ人たちが、レゲエをものすごく愛していることを知りました。そういえば、ボブマーリーも、ルーツはユダヤでした。60年代に、ドロップアウトしたーあの、ヒッピーと呼ばれるーユダヤ人たちがつくった、とある、伝説の会場に、ボブマーリーをはじめ、レゲエのアーティストがよく呼ばれているのでした。そこには、イビサの他のクラブや、世界の有名クラブと違って、「きちんと踊れる人たち」が、まだ、沢山いました。そのダンスを見て、私は、めまいがしました。はっきりと、(日本は)敗北した、と思いました。これはどうしようもない、これはかなわない、と。ユダヤ人たちは、世界中の人々が、ダンスが出来なくなっていく中で、ダンスというものを、しっかり、受け継いでいたのでした。振り付けではなく、心や気で踊る、本当のダンス。皆で踊ってコミュニケーションすること、そういう場所を維持すること、生々しい音楽を奏で続けること、を、彼らは、きちんと、続けていたのでした。その会場には、まだ小学生くらいの子どもも、10代の前半くらいの子も、大人に連れられてきていて、大人たちの真似をして踊ったり、輪に入れられてみんなで踊ったり、していたのでした。その光景は、まるで、昔の、私のよく知っている、北海道のようでした。帰りに流星群が降り注いできたのですが、私は、上を見上げる気にもならず、下を向いて、自分が日本人であることについて、自分がアイヌであることについて、考えていました。